今回ご紹介するのは、96/97シーズンのSouthAfrica代表です。
以前にも同じシーズンのものを持っていたのですが、ネットでいろいろ検索していると襟に違いがあることなどが判明し、元々気に入っていたデザインなので手に入れました。http://kimura.ciao.jp/kyorozo/?cat=131


















今回ご紹介するのは、96/97シーズンのSouthAfrica代表です。
以前にも同じシーズンのものを持っていたのですが、ネットでいろいろ検索していると襟に違いがあることなどが判明し、元々気に入っていたデザインなので手に入れました。http://kimura.ciao.jp/kyorozo/?cat=131


















2019 HAPPY NEW YEAR!!
新年の第一弾は、満を持しての1981-84 Liverpool away ユニフォームのご紹介です。
このシーズンはリーグ3連覇を始めUEFAチャンピオンズカップなど数々のタイトルを獲っていた黄金時代です。
ケニー・ダルグリッシュやイアン・ラッシュたちが活躍していました。
当時はLiverpoolのこの黄色に赤のアクセントがとても印象的でその強さも相まって、とってもかっこ良かったのを覚えています。この赤のピンストライプが本当にかっこ良かったんです。
ましてやこんなユニフォームなど当時は買えるはずもなく、今になってから手に入ったのがとっても嬉しいですね。
このユニフォームだけでも相当珍しくて貴重なものなのですが、なんとパンツとソックスまでセットになっていました!
ひっそりとオークションに出されていたのですが、偶然見つけることができ、幸いにも落札することができました。
InterMilano やBarceronaの80年代のユニフォームを手に入れたときも相当ラッキーでしたが、当時のこういう貴重なユニフォームを手に入れると当時の記憶が鮮明に蘇ってくるから不思議なものです。
胸にはサインが入っています。
かなり調べたのですが、誰のサインかわかりません・・・(^◇^;)
どなたか知っている人がいれば教えてください。
ケニー・ダルグリッシュかと思いましたが・・・。
Who is this sign? ↑

背中にもサインが入っているのですが、こちらはマイティ・マウスことケビン・キーガンでした。

Kevin KeeganもLiverpoolに所属していました。
サイズもこのサイズのものがなかなか出ていません。
boysサイズなどでもかなりの金額になっています。
エンブレムとUMBROロゴは刺繍です。


昔懐かしいナイロン生地のようなパンツ

かなり久しぶりの投稿になってしまいました…(;^ω^)
忙しいとついついこちらは後回しになってしまいますね…
気が付けば年末でさらに忙しい(笑)
今回はとっても貴重な80年代初期のRacing Club de Strasbourgが手に入りましたので、こちらのご紹介です。
ラシン・クルブ・ドゥ・ストラスブール(Racing Club de Strasbourg)は、フランス・ストラスブールを本拠地とするサッカークラブで、1906年ストラスブールの隣町、ドイツのノイドルフで創立。FCノイドルフ(FC Neudorf)と名乗っていましたが、第一次世界大戦後にフランス領になったのを受けて、現在の名前に改名されました。
1933年、ディヴィジョン・アン(現在のリーグ・アン)に初昇格し、1951年にはフランスカップで優勝、初タイトルを手にしています。
1978-79シーズンにリーグ初優勝。翌シーズンにはUEFAチャンピオンズカップでベスト4に進出し、最盛期を迎えています。
このユニフォームを着ていたころには、あの日本代表監督でもあったオシム氏やアーセナルのベンゲル氏もプレイしていました。
今回は、そんな貴重なユニフォームであり、スポンサーも懐かしの日立ロゴが入ったものが手に入り、とってもラッキーでした!
背番号入りです。
若かりし頃のWENGERさん。
ほんとに若い!!(笑)
同じユニフォーム着ています。
boysサイズですが、よく手に入ったものです。
この日立のロゴが最高にかっこよい!!
エンブレム等は貼り付けになっています。
今回もUNIVERSITARIOです。
1996年のホームタイプになります。
とってもシンプルなデザインですが、胸のCUSQUENAビールの赤いロゴとのマッチが絶妙です。
全体のベージュ色がやはりなんともいえず落ち着いた雰囲気なんですよね。
実際にはストッキングが黒なので、すごく締まった感じになりますね。
全体に透かしが入っていて、背番号もついています。
ペルーリーグで最多の26回の優勝を誇り、1972年には、ペルーのクラブとして唯一、コパ・リベルタドーレス決勝に進出した経験を持っています。2008年はコパ・スダメリカーナに参戦しています。(Wikipediaより)
透かしの1924年は、チームの設立年です。
胸のスポンサーは、ペルーで一番人気のあるCUQUENA(クスケーにゃ)ビール。
COSUQUENAという名前もクスコという地名から来ているようで、「クスコ娘」という意味だそうです。

こちらがAWAYです。
2012/13シーズンのUniversitarioのホームユニフォームです。
このベージュカラーに魅かれるのですよね~
レプリカモデルですが、しっかりたくさんの広告がプリントされています。
個人的にはたくさんの広告入りユニが大好きです!
それにデザインも南米らしくてとっても面白いと思います。
この写真見たら、相手選手の白のユニフォームとベージュ色のユニフォームとの違いが、よく分かりますよね!
首周りは、クロアチア代表🇭🇷を彷彿させますね!
こちらはFKが決まった瞬間だと思われます。決めた選手はしてやったら顔ですね。
ほとんどがプリントなのですが、エンブレムとUMBROロゴは刺繍です。
選手用の物はこのエンブレムの裏側に下のようなエンブレムが付けてあります。
CRISTAL BEER
これらも選手用は刺繍となっています。
こちらはawayです。


04-05シーズンを前にレンタル先で活躍していたボローニャとの移籍が破談となり、急遽フィオレンティーナへの移籍が決まったHIDEですが、この頃はグロインペイン症候群にも悩まされているときで、日本代表のWC予選などもあり、多忙を極めていたため、フィオレンティーナでは、それほど活躍することが出来ませんでした。
そんな折にパルマで確執のあったブランデッリがフィオレンティーナの監督となることが決まったため、急遽プレミアのボルトンに移籍することになったという、いわくつきのフィオレンティーナ時代のユニフォームです。
フィオレンティーナは、紫がとてもきれいなユニフォームのチームで以前イタリア代表のアントニョーニ選手やブラジル代表のソクラテス選手がいたころから好きなチームでした。
もちろんR.BAGGIO選手が居たことが一番有名ですけどね。
ほんとにこのチームのユニフォームを着てHIDEにはもう少し活躍してほしかったですね…











クリシューマEC (Criciúma Esporte Clube) は、ブラジル・サンタカタリーナ州クリシューマを本拠地とするサッカークラブです。
1947年5月13日にコメルシアリオEC (Comerciário Esporte Clube) として創設され、クラブは1960年代に財政危機で活動を停止しましたが、1976年にかつてのコメルシアリオECのメンバーたちによって再創設されました。
1978年にクラブはクリシューマECに名前を改め、1984年には現在使用する黄色と黒のクラブカラーを採用しています。
クラブにとって最大の実績は1991年のコパ・ド・ブラジル優勝であり、これにより翌年のコパ・リベルタドーレスへの出場資格を獲得しました。
2012年シーズン、得点王を獲得したゼ・カルロスの活躍もあり、2004年に21位で降格して以来9年ぶりにセリエA昇格を果たしました。(Wikipediaより)
このCriciúma Esporte Clubeのユニフォームもデザインがとっても素敵で、黄色と黒のツートンも良い感じだったので以前から欲しかったのですが、なかなか手に入らないユニフォームでした。
それが今回ようやく背番号入りの94年モデルが手に入りました。
胸元のぎざぎざの切り返しも面白いですが、袖口などが花のようなデザインになっているのも特徴的でポイントになっています。

elianeは何の会社なんでしょうね?タイルの会社?https://www.eliane.com/downloads?lang=us
袖のデザインが特徴的で面白いです。
昔の和紙の折り紙のようなデザインです。
1993年にカンピオナート・カタリネンセで優勝しています。
カンピオナート・カタリネンセ (Campeonato Catarinense) は、ブラジル・サンタカタリーナ州のサッカーリーグ。サンタカタリーナ州サッカー連盟 (Federação Catarinense de Futebol, FCF) が主催。現地ではカタリノン (Catarinão) とも呼ばれている。日本ではサンタカタリーナ州選手権の名称で紹介されることが多い。

toplayという聞いたことがないキットメーカーです。
わかりにくいのですが、全体にクリシウマのエンブレムの透かしが入っています。
ロシアWC終了後にMainzからプレミアリーグのNewcastle Unitedに移籍した武藤嘉紀選手の15-16シーズンのホームユニフォームです。
「第11節アウクスブルク戦では自身プロ初のハットトリックを決めてマン・オブ・ザ・マッチに選出され、高原直泰以来のブンデスリーガでハットトリックを決めた2人目の日本人選手となりました。2016年2月6日、ブンデスリーガ第20節ハノーファー戦で右膝外側側副靱帯を部分断裂。3月下旬に練習に復帰するも、練習中に別箇所の右膝同靭帯を損傷。治療に専念するために帰国し、2015-16シーズンを終えています。(Wikipediaより)」
すごくシンプルなデザインながら背中の背番号がとても大きいのが特徴です。
いろんなデザインの背番号が登場していますが、こういうシンプルで大きい背番号も見やすいし、よくユニフォームにあっていると思います。
15/16シーズンからLottoがスポンサーとなっています。
イタリア製で、生地は非常に薄くなっています。
新品タグ付きです。
スカイブルーがトレードマークの2018シーズンからイングランド・リーグ2(4部)所属の、コヴェントリー・シティーの1992-94アウェイのユニフォームです。
90年代は幾何学模様が全盛で個人的にも好きなユニフォームが多い時代ともいえます。
コヴェントリー・シティもそれにあやかりアウェイは、見事な赤の幾何学模様となりました。このモデルで臨んだプレミア開始の92-93シーズンは15位、93-94は11位でした。

Pic : Action Images
こうやって選手が来ているのを見るととてもかっこよく見えます。
スポンサーのPEUGEOTは89~97の長期間サポートしていました。
サプライヤーのRibeloは92~94の2シーズン担当。
この頃は下部リーグのユニフォームをよく提供していました。
コヴェントリー・シティFC(Coventry City Football Club)は、イングランド・コヴェントリーに本拠地を置くサッカークラブ。
1883年、自転車会社の従業員が集まってチームを結成したことに始まり、1898年にコヴェントリー・シティとしてプロチームとして結成された。長く下部リーグに所属するシーズンが続いたが、1967年に1部(現在のプレミアリーグ)昇格を果たし、1986-87シーズンにはクラブ初のタイトルとなるFAカップ優勝を果たした。

しかし以後は低迷が続き、2000-01シーズンに2部に相当するディヴィジョン1(現在のフットボールリーグ・チャンピオンシップ)へ降格。2005-06シーズンより、新装されたホームスタジアム(リコーが命名権を獲得)を本拠地にして再起を図っていたが、2011-12シーズンは24チーム中23位で終わり、1963-64シーズン以来の3部リーグ(リーグ1)へ降格、さらに2016-17シーズンにはリーグ1でも24チーム中23位となり、1958-59シーズン以来となる4部リーグ(リーグ2)への降格を経験した。(Wikipediaより)
RAY WOODS
COVENTRY CITY FC
10/08/1992
W13E21AC

Les Ferdinand (QPR, C) Queens Park Rangers v Coventry City. 20/2/1993. PUBLICATIONxINxGERxSUIxAUTxHUNxPOLxUSAxONLY; Fussball England QPR Queens Park Rangers Queen s xmk x2x 1993 quer Soccer QPR Queens Park Rangers o0 1992
Image number 08128425 date 20 02 1993 Copyright imago Color Sports Les Ferdinand QPR C Queens Park Rangers v Coventry City 20 2 1993 PUBLICATIONxINxGERxSUIxAUTxHUNxPOLxUSAxONLY Football England QPR Queens Park Rangers Queen s xmk x2x 1993 horizontal Soccer QPR Queens Park Rangers o0 1992
2012シーズンのJ1で最大のサプライズとなった、ガンバ大阪のJ2降格。
Jリーグ史上最長、10年間の監督在任期間でチームに多くのタイトルをもたらした西野朗氏に代わり、ブラジル人のセホーン監督が就任。ところが、ACLを含め開幕5連敗で新指揮官があっさり解任されると、後を受けたクラブ初のOB監督、松波正信監督もなかなか不調を脱することができず。家長、レアンドロという夏の大型補強により(いずれもレンタル)一旦は持ち直したかに見えたが、締まりのない守備は結局最後まで変わることなく、最終節の磐田戦、“前田遼一の呪い”の前にあえなく撃沈。リーグ最多の67ゴールをあげながら17位と、ある意味ガンバらしい壮絶な降格劇であった。
2013シーズンからは清水エスパルス前監督の長谷川健太氏が指揮を執り、見事J1復帰を果たし、その後の3冠に続く記念すべきユニフォームです。
Gamba Osaka Umbro 2013 Home
G大阪の2013モデル、ホーム(1st)はチームカラーである青と黒のストライプをベースに、新ユニフォームのデザインテーマ「Evolution BLUE(進化する青)」を水色に近いソニック(音速)ブルーを配したグラデーションで表現。
ソニックブルーはチームの象徴でもあるスピード感あるプレースタイルと、今年着工し2015年完成予定の新スタジアムの吹き抜け部分をイメージさせることから、「スタジアムの空(天=J1)へチームを導き飛躍する」という願いが込められている。
シャツの裾部分にはチームを愛するサポーターにガンバのチームカラーである“青い血”が流れていることを表現した、「blue blood run in our soul」のメッセージ入り。

遠藤選手のサイン入りです。
こちらがawayユニフォーム。
背中にもサインが入っています。


